Ep.209
日本人初のフランス料理研究家とされる辻静雄(1933-1993。辻調理士学校の創設者。辻芳樹さんのお父さん)は若き日、現地に研究に訪れた際、フランス料理研究家のフィッシャー女史にこう言われたという。
「 文学作品をたくさん読みなさい。食べ物が出ているからというのではなしに読みなさい。文学作品というのは人間が書いてあるのです。あなたが人間である限り、人間と付き合うのでしょう」
辻静雄「料理に「究極」なし」(1994年)より
料理の教えを乞いに行ったのに、まずは人間について知りなさい、と言われた。
なんて鮮烈なエピソードだろう。
フィッシャー女史の言う通り、文学作品や小説が「人間」について書かれた物語であることは言うまでもない。
私たちはこれらを通じて、「人間」について深く理解することができるのだ。
それでは人間以外のモノについてはどうだろうか?
動物、例えば「犬」はどうか?
犬について描かれ、深く理解することのできる小説はあるだろうか?
記憶を過去に走らせた私は、3つの作品を心に浮かべた。
<犬について深く理解できる小説1;乃南アサ『凍える牙』(1996年)>
1996年発表の直木賞受賞作。
警視庁の女性刑事・音道貴子シリーズ第1作で、連続殺人事件の捜査線上に驚異的な知性を持つ犬(「疾風」(はやて)と名付けられる)の存在が浮かび上がり…というもの。
クライマックスは首都高を疾走し続ける犬とそれをバイクで追いかける貴子のシーンである。(これは実は「逃走」しているのではなく人間たちを真実に導いている、というもの)
<犬について深く理解できる小説2;馳星周『少年と犬』(2020年)>
ノワール小説の旗手、馳星周さんが著したノワールではない小説ということで話題になった。こちらも2020年の直木賞受賞作である。
仙台で被災した犬(ある登場人物からは「多聞」と呼ばれる)が、ある目的を果たすために列島を南下していく(最終目的地は熊本)過程で様々な人間たちと出会い、物語が展開されるというロードノベルである。
この作品でも犬は常軌を逸した体力と知性を有しており、人間たちに真実をもたらしたり、彼らの人生を変えたり、ポジティブなエネルギーを与える存在として描かれている。
<犬について深く理解できる小説3;伊吹有喜『犬がいた季節』(2020年)>
四日市市民として同作品を抜くことはできない。
既にEp.45で取り上げたが、高校で飼われている犬(「コーシロー」と名付けられる)が入学して卒業していく様々な高校生たちを見つめ…という物語である。
四日市市内の実在の場所や名称を徹底的に登場させ、風土や空気をも描ききったところは脱帽だった。
以上が、私が思いついた「犬について深く理解できる小説」トップ3だった。
ただ余談だが、どうしても言っておきたいのは、上記の作品、特に『凍える牙』と『少年と犬』に出てくる「犬」は本当に「犬」なのか? という疑問である。
というのも、あまりに人知を超えた存在になりすぎているのだ。やりすぎ感がある。
彼らは「犬」ではなく、もはや「神」として描かれていやしないか? ということである。
実際に馳星周さんも『少年と犬』の受賞後、何かのインタビューで
「犬って神様の化身だと思う」
的なことを述べていた。
話を戻そう。
犬と飼い主(人間)の関係がわかるよく知られたエピソードがこの国にはある。
「忠犬ハチ公」である。
渋谷駅前にあるハチの銅像は誰もが知るところで、待ち合わせ場所として有名である。(ただし周囲はあまりに混雑しているので待ち合わせ場所として適しているのかという疑問を私は持っているが…)
飼い主が亡くなった後も約10年間、駅に通い続けてその帰りを待ったハチ。
その姿は当時の人に感銘を与え、後に映画化などされることとなる。
「忠犬ハチ公」のエピソードは文学作品や小説ではないものの、犬について深く理解できる物語である。
さて、ハチに注目が集まるのは当然としてもここ三重県では「飼い主」もクローズアップされる。
上野英三郎博士である。
東京帝国大学教授で農学者だった上野氏は、現在の津市久居(ひさい)町出身。
1872年に生まれた上野英三郎氏は「明治から大正期に日本農業の基本となる水田の耕地整理を指導」し、「大学はもとより全国各地で数多くの技術者を育成した農業土木分野の先駆け者」だった。
しかしながら東京帝国大学での講義中に倒れ急逝。54歳の若さだった。
その後、先述の通りハチは10年間近くも駅で博士の帰りを待ち続けたわけだが、上野氏がハチを飼っていた期間は意外にも約1年という短いものであった。
近鉄名古屋線の久居駅前には「上野英三郎博士とハチ公」の像がある。
ここでのハチは、渋谷駅で見せる独りぼっちで佇む姿でも、またいかにも“銅像然”とした姿でもない。
主人を見つめ、尻尾を振り、深い情愛を示している姿そのものである。
そしてそれは博士側もまた、同様に。
博士の故郷、津では、お互いに在りし日の寄り添う姿を現していた。
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Ueno Eizaburo and Hachi
Ep.209
“Hachi” is the most famous fact-based story about special relationship between human and dog which takes us deep understanding.
On the other hand, there is hardly interest for Hachi’s owner except this region, Mie.
His name was Ueno Eizaburo(1872-1925).
A man from Tsu city was a professor in Tokyo university and an also pioneer for Japan’s agricultural engineering.
His life with his dearest dog was only 1 years, unfortunately he was dead suddenly.
By Hisai station, the statue of Dr.Ueno and Hachi was built in 2012.
In this Ueno’s homeland, it’s shown forever to be dear each other.
http://story.kankomie.or.jp/story/ha/